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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8147号 判決

原告

石田文夫

右訴訟代理人弁護士

山口紀洋

田邊昭彦

被告

増田敬助

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

柴田五郎

米倉勉

主文

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録一記載の土地を明渡し、かつ、平成二年一二月一九日から右明渡済みまで一か月金三万三四二二円の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録一記載の土地を明渡し、かつ、平成二年一二月一四日から右明渡済みまで一か月金三万三四二二円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六三年八月八日、被告らに対し、原告所有の別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を次の約定のもとに貸し渡した(以下「本件賃貸借」といい、その契約書を「本件契約書」という。)。

(一) 目的 木造又は簡易鉄骨プレハブ住宅二階建て居宅及び一部共同用住宅及び建築基準法に従う範囲の建物の所有(本件契約書一条)

(二) 期間 昭和六三年八月八日から満二〇年間

(三) 賃料 一か月三万三四二二円

(四) 用法

①被告らは、本件土地内において危険又は衛生上有害その他近隣の妨害となるような業務又は施設をしない(本件契約書四条)。

②被告らは、原告の同意なくして、土地の形状を変更してはならない(本件契約書五条三項)。

2  被告らは、平成二年一二月一〇日から本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(共同住宅・以下「本件建物」という。)の新築工事を開始したが、その際、地下室を作るため、原告の承諾を得ることなく、本件土地を全体にわたって掘り下げ、その土砂を搬出した。そのため、地中から湧水があり、また、近隣の土地に亀裂が入り、家が傾くなどの被害が発生した。

3(一)  本件賃貸借においては、本件土地上に建築する建物は、被告ら自身が住む居宅が中心で、単純な木造又はプレハブの二階建てに限定されており、地下室を建築することや、共同住宅だけを建築することは禁止されているから、被告らの前記工事は右約定に違反している。

(二)  また、被告らの前記工事は、近隣妨害の業務又は施設を工作し、土地の形状を大きく変更するものであって、本件賃貸借の用法に関する前記①及び②の約定に違反することは明らかである。

4(一)  原告は、平成二年一二月一三日、被告らに対し、口頭で本件土地を原状に回復するよう求めたが、被告らは、これに応じなかったので、その場で、原告は、被告らに対し、本件賃貸借を解除する旨意思表示した。

(二)  更に、原告は、被告らに対し、平成二年一二月一八日到着の内容証明郵便をもって、右契約違反を理由に本件賃貸借を解除する旨意思表示した。

5  よって、原告は、被告らに対し、本件賃貸借の終了に基づき本件土地の明渡しと解除の日の翌日である平成二年一二月一四日から明渡済みまで一か月三万三四二二円の賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、被告らが本件建物の新築工事に着手し、本件土地の掘り下げを行い、土を搬出したこと、地下水が出たこと、近隣の土地に若干の亀裂が生じたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の(一)、(二)は争う。

本件賃貸借においては、地下室の建築を含め地下の利用について何ら禁止されておらず、本件の地下部分の利用は、現在の平均的な土地利用の範囲内にあるものとして許容されるべきである。また、建物の建築においては、その基礎工事のため土地についての一定の掘削は避けられないのであって、被告らの本件掘削工事は土地の形状変更には当たらない。

4  同4の(一)は否認するが、(二)の事実は認める。

三  被告らの主張

1  借地人は、借地上の建物を自ら使用しようが第三者に貸与しようが自由であって、借地上に建築する建物を借地人自身が住む住宅に限るとする約定は、借地人に著しく不利益を強いるもので、旧借地法一一条により無効である。

2  原告は、本件賃貸借に際し、被告らが賃借後三年以内に行う建物の建て替えについては、本件土地の形状の変更を含め予め承諾しており(本件契約書の特約条項1)、被告らの本件掘削工事は用法違反に当たらない。

3  一般に地盤に基礎を設けるための掘削等を実施すれば、周辺の土地にある程度の亀裂が入ることは避けられないのであり、これは事後的に埋戻して転圧すれば回復するものである。そして、建物の建築においては、必ず堅固な基礎工事を施さねばならず、土地の掘削は避けられないし、近時の土地利用の状況に照せば、土地の地下部分を駐車場として利用することも許容、是認されるべきであって、掘削部分は将来埋戻せばよく、土地所有者の権利を損うこともない。また、原告は、被告らが掘削工事に着手したのを知りながら、何らの異議もさしはさまず、しばらく工事が進んだ後になって突然、「契約解除、土地の埋戻」を通告し、その後は、法を無視した実力行使、自力救済の挙に出ているのである。

右のような事情からすれば、被告らの掘削工事が、仮に本件賃貸借の約定に違反しているとしても、それは未だ原告との信頼関係を破壊するものとはいえず、原告の本件解除は許されないというべきである。

四  被告らの主張に対する認否

被告らの主張1ないし3は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件工事をめぐる紛争の経緯についてみるに、〈書証番号略〉、原告及び被告増田敬助各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  訴外堀江毅及び同堀江稀子は、原告から本件土地を賃借し、木造二階建ての建物を所有していたが、原告の承諾を得て、被告らに対し、右借地権付き建物を譲渡し、昭和六三年八月八日、原告と被告らとの間で、本件賃貸借が締結された。右借地権譲渡の承諾に際して、原告は、新借地人が三年以内に行う建物の建て替えについては承諾料をとらない旨約す一方、本件土地が袋小路(長さ二二メートル余の私道)の奥に位置し、近隣が低層住宅であることなどから、建て替える場合の建物は、木造又は簡易プレハブ住宅二階建てとし、新借地人が一部に居住する居宅及び共同住宅とすることを条件とし、本件契約書にも、その趣旨の条項(第一条、特約条項1)が設けられた。

2  被告らは、しばらくは右建物をそのまま使っていたが、その後、建物を建て替えることとし、平成二年一一月中旬頃、原告にその旨挨拶をしたうえで、旧建物を取り壊した。被告増田敬助(以下「被告敬助」という。)は、不動産の設計施工等を業とする株式会社増田工務店グループを経営しており、本件土地上に地下駐車場付きの共同住宅を建てることを計画していたが、原告に対しては、このことを話してはおらず、また、建物の規模等の説明もしていなかった。

3  平成二年一二月に入り、被告らは、本件土地に矢板を打ち込む工事に着手し、同月一〇日過ぎには、地下駐車場を作るための工事として、本件土地をほぼ全域にわたって深さ約二メートル余まで掘り下げ、土を搬出する工事を行い、そのため、本件土地内にかなりの湧水が出て水浸しの状態となったほか、周辺の土地に亀裂(地割れ)が発生したり、近隣家屋の壁等に割れ目が入ったりする被害が発生するに至った(被告らが本件建物の新築工事に着手し、本件土地の掘り下げを行い、土を搬出したこと、地下水が出たこと、近隣の土地に若干の亀裂が生じたことは、当事者間に争いがない。)。

4  原告は、被告らがこのような工事をすることについて、全く聞かされておらず、しかも、工事開始後、近隣の住民から原告の許に、種々の苦情が寄せられたことから、平成二年一二月一三日、被告敬助に対し、契約違反であるから原状に回復するよう抗議の電話をしたところ、被告敬助は、今は駐車場のために地下を掘るのは当然である旨反論するとともに、翌一四日には、「車庫のない住宅は考えられず、一七日まで工事を中止するが、一八日から工事工程に基づき仕事をさせていただきます。」との手紙を原告宛に郵送した。

そこで、原告は、弁護士に相談し、同年一二月一七日付け内容証明郵便をもって、被告らに対し、契約違反を理由に本件賃貸借を解除する旨意思表示し、右郵便は、翌一八日被告らに到達した(被告らに対し右解除の意思表示が到達したことは、当事者間に争いがない。)。

5  原告は、同年一二月一七日、本件土地の入口に自動車を駐車させて、被告らの工事再開を阻止しようとする挙に出たほか、被告らを相手に工事禁止の仮処分の申立てを行い、一方、被告らも、同月二六日、建築工事妨害禁止の仮処分を申請し、翌平成三年一月には、本件工事の目的である半地下式の鉄骨鉄筋コンクリート造の車庫兼物置を設置することについて借地条件変更の申立て(非堅固建物から堅固建物所有への変更)を行った。

そして、平成三年一月一〇日の仮処分の審尋期日において、養生工事について打合せが整うまでは工事をしない旨合意されたが、被告敬助らは、同月一三日以降、原告に連絡することなく、一方的に鉄筋等の資材を現場に搬入して工事を開始したため、約束に反するとして工事の中止を求める原告らとの間でいさかいが生じた。その後、平成三年三月、仮処分手続において、当事者間に、本件工事続行の可否は借地条件変更の非訟事件手続において解決をみることとし、それまでは本件建物の建築工事を中止すること、本件土地は、保全のため掘削部分の埋戻を行うことなどを内容とする和解が成立した。

6  ところで、前記借地非訟事件については、鑑定委員から、平成三年九月二七日、借地条件の変更は相当でないとの意見書が提出され、その後、被告らは申立てを取り下げた。

また、前記和解に基づいて、本件土地の掘削部分の埋戻工事が実施されたが、現状では、地盤が軟弱化し、一定の補強をしないと建物の建築が困難な状況となっている。

三ところで、原告は、平成二年一二月一三日、被告らに対し口頭で本件賃貸借の解除の意思表示をした旨主張するが、前記認定のとおり、当日は、本件掘削工事について、被告敬助に電話で抗議し、原状回復を催告したものであって、被告ら両名に対して、明確に本件賃貸借の解除を通告したとまでは認められず、原告の解除の意思表示は、平成二年一二月一八日到達の内容証明郵便によってなされたものというべきである。

そこで、原告の右解除の適否について判断する。

1 前記認定したところからすれば、被告らの行った掘削工事は、本件土地のほぼ全域にわたって地面を深さ二メートル以上まで掘り下げ、大量の土を搬出するという大規模なもので、そのため湧水が生じ、近隣にも支障が生ずるといった事態を招いており、しかも、右工事の結果、これを埋戻しても、現状では地盤の軟弱化のため、建物建築には一定の補強が必要とされる程に、土地の形質に影響を及ぼしたものであって、右工事は、本件土地の形状を著しく変更するものというべく、原告の同意なくして土地の形状を変更してはならないとの約定に違反することは明らかである。

なお、被告らは、建物の建築においては、その基礎工事のため土地についての一定の掘削は避けられず、被告らのした掘削工事は土地の形状変更には当たらない旨主張する。しかし、既にみたように、被告らの行った掘削工事の規模、態様、程度等からすれば、右工事は建物の建築のために必要不可欠な掘削という以上のものであることは明らかであり、被告らの右主張は失当というほかない。

2 また、被告らは、本件契約書の特約条項1を根拠に、原告は土地の形状の変更についても予め承諾している旨主張するが(被告らの主張2)、右特約条項1は、その文脈等からみても、被告らが契約後三年以内に建物を建て替えるときは、原告は承諾料をとらずにこれを承諾し、手続に協力するとの内容を定めたものであって、被告らが新築に際し本件土地の形状を変更することまで予め承諾したものと解することはできないというべきである。なお、同特約条項には、五条三項(無断で「土地の形状を変更したり、建物を増築、改築又は新築する」ことを禁止した規定)が引用されているが、本件賃貸借に際しては、本件土地の形状の変更を予定するような話は一切出ていなかったのであって(被告敬助本人尋問の結果)、右の引用を捉らえて、被告ら主張のような解釈をすることもできない。

3 次に、被告らは、土地の形状変更を禁止する約定に違反しているとしても、被告らの行為は未だ原告との信頼関係を破壊するものとはいえない旨主張する(被告らの主張3)。しかしながら、被告らの行った掘削工事の規模、態様、近隣への影響など既に認定した諸事情に照すと、被告らの行為(土地の形状の変更)について、賃貸人との信頼関係を破壊しない特段の事情があるということはできないし、また、本件解除後の紛争の過程で、当事者のいずれに行き過ぎた点があったかどうかということは、右特段の事情の有無に消長を来すものではなく、結局、被告らの前記主張は失当というほかない(ちなみに、被告らは、近時の土地利用の状況からすれば、地下部分を駐車場として利用することは許容されるべきである旨主張するが、土地の所有者と異なり、他人の土地を賃借した者には、自ずからその利用の態様に制限が伴うことは当然であって、地主の承諾のない限り、本件のように土地の形状を著しく変更することは到底許容されないものといわざるをえない。)。

4  以上のとおりであって、原告の本件解除は、その余の解除事由について検討するまでもなく適法であり、本件賃貸借は、平成三年一二月一八日限り解除によって終了したものということができる(なお、原告は、同月一三日の解除を前提に、同月一四日から賃料相当損害金の支払を求めているが、右解除が認められないことは前記のとおりである。)。

四そうすると、原告の本訴請求は、賃料相当損害金の支払の開始時期を解除の日の翌日である平成三年一二月一九日からとするほかは、すべて理由があるから、これを認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して(なお、仮執行の宣言については相当でないから、これを付さないこととする。)、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤久夫)

別紙〈省略〉

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